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ブッチャー・カヴァーを巡る旅(前編) [BEATLES]

2007年にこのブログに載せた「はーどぼいるどだど(←古っ)」という記事を覚えていらっしゃるでしょうか。
ビートルズのブートレグ『ジョン・バレット・テープス』をもとにでっち上げた小説もどきでしたが、当時はけっこうご好評をいただきました。
以来構想を温めてはいたのですが、このたびようやくその続編を書くことができました(←構想だけなら7年!! わはは)。
今回のテーマは『ブッチャー・カヴァー』
ブログとしてはちょっと長いので前後編に分けて掲載します。
ご感想をいただければ幸いです。

なお、この物語はすべてフィクションであり、登場する人物・団体・地名・曲名等いっさい実在のものとは関係ありません^^

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ブッチャー・カヴァーを巡る旅(前編)

川井から電話があったのは、台風の接近を知らせるニュースがひっきりなしにTVから流れてくる蒸し暑い夜だった。
「遼さん、あんた今週の土日は空いてるか」
「土日? ああ。関わってたプロジェクトが終わったばっかりなんで、しばらくは暇だ」
「そりゃあ好都合だ。せっかくの休みになんだが、ちょっと長崎まで行ってくれないか」
川井は親不孝通りを抜けた北の外れにある、小さな中古のレコード・ショップのオーナーだ。長崎なら新幹線を使えば2時間で行くことができる。わざわざ土日を使うほどでもない。
「なんの話だ?」
「きょう長崎に住む女性から店に電話があって、気味の悪いビートルズのレコードがあるってんだ」
「気味の悪いレコード?」
「ブッチャー・カヴァーのことさ」

今では考えられないことだが、1960年代、ポピュラー・ミュージックの世界では作曲者や演奏家の意向と関係なく、レコード会社は勝手にシングルやアルバムをリリースしていた。ポップスはたんなる流行の音楽で、芸術とは考えられていなかったのだろう。
ブッチャー・カヴァーというのはそんな時代に米国でリリースされたビートルズのアルバムで、正式には『Yesterday And Today』という。
肉屋に扮したビートルズの4人の肩やひざに、大きな肉の塊や人形の首、胴体などが載せられたジャケットなのでこう呼ばれている。どう贔屓目に見てもあまり趣味のいいジャケットとはいえず、サンプルが配られた直後に苦情が殺到したため回収されたという、いわくつきのアルバムだ。

「ブッチャー・カヴァーのためにわざわざ休みを使って長崎まで行くのか」
「それが未開封(シールド)のブッチャーが2枚あるっていうんだ」
「いいか、川井さん。専門家のあんたには釈迦に説法だが…」
わたしは馬鹿馬鹿しさを慎重に隠しながらゆっくりと言った。
「アメリカならまだ話は分かる。しかし50年近くも前のビートルズのレコードが未開封で長崎に眠ってるなんて、信じられるか。しかも同じレコードが2枚だぞ。どう考えてもレプリカだ」
「その可能性もあるが、そうじゃない可能性もある」
川井はめずらしくまじめな顔で言った。


電話の女性の話では、最近亡くなったお祖父さんの遺品のなかにけっこうな枚数のレコードがあり、ほとんどがクラシックなのでもらってくれる人もなさそうだと困っているときに、その「気味の悪いレコード」を見つけたという。
「弟さんから、ビートルズだったら高く売れるかもしれない、と言われて電話してきたそうだ」
「本物のブッチャーだったらな」
「若い女性からの依頼となりゃ店を休んででも行きたいところだが、あいにく今度の土日は"博多レコード掘り出し市"で休めないんだ」
宅配便で送ってもらえばいいじゃないか」
「ところがクラシックのレコードというのも古い輸入盤が中心らしい」
「オリジナルってことか」
かれの店で扱っているのはロックやジャズだが、クラシックでもオリジナル盤の高価なものは同業者に回すというシステムができあがっているらしい。
「おれはビー専だから、クラシックは見てもわからんぞ」
コレクターのあいだではビートルズを専門に集めている人間のことを揶揄する意味も込めて「ビー専」と呼ぶ。
川井はわたしの皮肉には取り合わず、
「デッカとフィリップスとグラモフォンのオリジナルは、とりあえず全部持って帰ってくれ」
と平気そうな声を出した。

oranda.jpg

長崎は坂の多い街だ。
しかも私の尋ねる先は旧市街の、石畳の敷き詰められた狭い坂道の途中にあり、タクシーも使えなかった。
住所を頼りにたどり着いた家は、古いけれども「瀟洒な」ということばが似合う、いかにも長崎らしい洋館だった。
重そうな扉を開けて顔を出した女性は、30歳前後で清楚な身なりをしていた。
香坂綾乃と名乗って、「遠いところまでわざわざ申し訳ありません」と丁寧に頭を下げる。
肩のあたりで切りそろえた黒い髪が聡明そうな瞳とよく合っていた。
「川井の代理で参りました太刀木と申します」
「タチノキさん。珍しいお名前ですね。福岡には多い苗字なんですか」
「いや、筆名です」
「ヒツメイ?」
「小さな出版社に勤めてまして、文章を書くこともあるので」
「わあ、そうなんですかぁ」

柄にもなく自分のことをしゃべりすぎている。
わたしはわざと改まった口調になって「ではレコードを拝見しましょうか」と言った。
「まだ整理ができてなくて散らかってるんですが…」
案内されたのは八畳くらいの小さな洋室だった。
あるじを失ってがらんとした部屋の隅のラックに、レコードだけが忘れ去られたように並んでいた。
800枚ぐらいはあるだろうか。
「なるほど。これじゃ運び出すのも大変だ」
「家のまえにクルマをつけられないので困っちゃって」
「ああ、そうでしたね」と言いながらコレクションを見始めたのだが、すぐに汗が浮かんできた。
レコードはどれも古いクラシックだが、とても大切に扱われていたのがわかるミント・コンディションのものばかりで、しかもほとんどはオリジナルといわれる、本でいえば初版本にあたるものだった。
ハンス・クナッパーツブッシュがソプラノのビルギット・ニルソンと英デッカに録音したワーグナーなど、門外漢のわたしでも知っている希少な名盤が並んでいる。

「お祖父さまはおいくつでいらっしゃったんですか」
「84でした」
「若いころからクラシックがお好きだったんですね。わたしは専門家じゃないが、すばらしいコレクションだ。
 お祖父さまはどこでこのレコードを?」
「祖父は長いあいだ商船の料理長をしていたんです。わたしが小学校に上がるぐらいまではヨーロッパで買ってきためずらしいおもちゃをよくお土産にもらったものです」
「長崎は歴史のある港町でしたね。じゃあこのレコードもみんな…」
「ヨーロッパやアメリカで少しずつ買い求めたものだと思います」
わたしは喉の渇きを抑えることができなかった。わたしがレプリカだと断言したときの川井の声が耳の奥に蘇る。
(その可能性もあるが、そうじゃない可能性もある…)

「…ところで気味の悪いビートルズのレコードというのは?」
「あ、それはこっちに別にしてあります」
そう言って彼女は扉のついた書棚から2枚のアルバムを取り出した。

間違いなかった。
本物のブッチャー・カヴァー、しかも未開封の新品である。
「うちは祖母と母とわたしと弟の4人暮らしなんですが、だれもこのレコードのことを覚えてないんです」
「この2枚だけ別にしてあったんですか」
「いえ、ほかのレコードと一緒に棚に並んでました。だから逆に目立たなかったと思うんです。見つけたときは気味が悪くて…」
「そうでしょうね。ビートルズのなかにもこの写真を嫌がってるメンバーがいたくらいだから」
「まあ、そうなんですか」
「でも喜んだメンバーもいた。いつもアイドルみたいにニコニコした写真ばかり撮られることにウンザリしてたんです」
「いつごろのレコードなんですか」
「アメリカで発売されたのは1966年の6月です」
「1966年…。ずいぶん古いレコードなんですね」
「昭和でいうと41年です」
「まあ、昭和41年。ちょっと待って…。母は1956年生まれだから、1966年というと10歳ですね。叔母が亡くなった年じゃないかしら」
「おばさん…」
「母の妹です。祖父もずいぶん可愛がったみたいですが、病気で亡くなっちゃって」

ちょうどそのとき彼女の携帯に電話がかかってきたので、わたしはまたしばらくレコードを1枚1枚チェックしていくことになった。カラヤンやアンドレ・クリュイタンスなど、60年代のレコードが半分以上のようだ。
しばらくして彼女がもどってきた。
「やはりそうでした。叔母が亡くなったのは昭和41年の7月だそうです」
「このレコードが発売されたのとほとんど同じころですね」
「いま母にその話をしたら、叔母はビートルズの『イエスタデイ』が好きだったそうです」
「なんだか話が繋がってきましたね。叔母さんという方はいくつだったんですか、亡くなったとき」
「8歳だったそうです。母が小学校4年生で10歳」
「そんなに小さいときに亡くなられたんですね。ご病気だということでしたが…」
「がんの一種だったと聞いています。病気がわかったときにはもう手の尽くしようがなかったみたいで」
「そうでしたか。お気の毒です」

「8歳の女の子がイエスタデイって、なんかピンときませんね」
「そうですね。ぼくにもあんまりピンとこない。でも美しいバラードで、ラジオでもよくオンエアされてましたから、病気の女の子がラジオを聴いていたら好きになる可能性はありますね」
「そうか、当時はTVはあっても一家に一台というころですよね。ベッドの小さな女の子にとってはラジオが友だちだったかもしれませんね」
80年代生まれの彼女も、細やかな想像力で当時の叔母さんのようすを理解したようだった。

「このレコードにはイエスタデイが入ってるんですよ」
そういってわたしはジャケットの文字を指した。
「あ、ほんとだ。写真が強烈なので気づかなかった」
「イエスタデイはイギリスではシングル・カットされませんでしたが、アメリカでは大ヒットしたので、そこにつけ込んでリリースされたのがこのアルバムだったんです」
「じゃあ、このアルバムはアメリカ向けの?」
「そうです。アメリカのレコード会社がアメリカ国内向けに作ったアルバムですね」
「でもどうして祖父はわざわざアメリカから取り寄せたレコードの封を開けなかったんでしょう?」
「なぜでしょうね。当時のことをご存知の方はいらっしゃらないんですか」
「祖母もまったく覚えてないって言ってますし」
「お母さまは」
「母も小学生でしたからまったく記憶がないらしくて」
「近所に同い年ぐらいの方がいらっしゃればいいんですが」
「残念ながら当時のことを知っていそうな方は……」
そういって彼女は細い指をあごのあたりに当てていたが、しばらくすると
「あ、待って。森先生はどうかな」
「森先生?」
「うちが代々かかりつけにしている、隣町の病院の先生です」
「その先生がなにか知ってらっしゃる?」
「貴子叔母さんが亡くなるときもそこに入院したはずです。叔母はたしかリンパのほうだったから」
「悪性リンパ腫ですか」
「あ、それです」
「行ってみましょう」
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コメント 6

やまちゃん

ブッチャーの発売当時のLPですかw
けどUS ALBUMSが出た今では、よほどのマニアでない限り食いつかないでしょうな
にしてもどこから購入したのか、ブッチャーの原盤なんて国内ではまずなかなか置いてないでしょう
別にしておいたというのは、やっぱり相当ショックだったんでしょうね
そもそもブッチャーカヴァーはキャピトルの切り売りといって、メンバーが英オリジナルと別に編集してシングル曲まで入れて売ろうとするキャピトルにたいする抗議の意味もありましたし、のちにトランクカバーで発売したとはいえ、ブッチャーの購入層ってアメリカでもどれくらいいたんだろう

ちなみにUS ALBUMSから単品で購入したYesterday & Todayはブッチャーの表紙に貼り付け用のトランクカヴァーがありますが、別に貼る必要もなくそのままです
しかも中身はほとんどUKオリジナルなので、最近はまったく聞いてません
by やまちゃん (2014-10-22 07:23) 

zatopec

面白く読ませて頂きました。後編も楽しみにしています。ところでブッチャーカバーって未だに人気あるんですよね。この前新宿のディスクユニオンでシールドの1stステートがなんと100万円で売っていましたが翌週行くとありませんでした。店員さんに聞くと2日前に売れたのこと。YouTubeにはセカンドステートのジャケットからトランクカバーを剥がす方法の動画が出ていて思わず笑ってしまいました。自分もセカンドステートは持っているけど多分一生剥がさないでしょう。それと次に出たUS盤のリボルバー、yesterday and todayで先行3曲入れてしまってUk盤より3曲減っているのは理解出来ますが何故キャピトルはペイパーバックライターとレインを収録しなかったのでしょうね?
ビートルズの圧力あったのかもしれませんがこの2曲入っていればyesterday and todayに負けない選曲のキャピトル盤になっていたのにとつくづく思います。
by zatopec (2014-10-26 00:25) 

parlophone

やまちゃんさん、こんばんは~。

お読みいただきありがとうございます。

>けどUS ALBUMSが出た今では、よほどのマニアでない限り食いつかないでしょうな

いえいえ、そこがマニアのすごいところで、紙ジャケはあくまでもレプリカのミニチュアですから。
ちょうどいま、Waxpedというところがヤフオクにブッチャー・カヴァーを3枚出品してますが、2ndステート(アンピールド)が128,000円、3rdステートの美品が同じく128,000円で、こちらは珍しい回収レターのコピーがついています。
もう1枚はちょっとボロボロな3rdステートでそれでも45,000円の値がついています。

ぼくは一度だけ、買う寸前までいったことがあるんですが、そのときのものはけっこうな美品で45,000円ぐらいでしたから、3倍近い価格になってますね~。

>US ALBUMSから単品で購入したYesterday & Today

ぼくもUSアルバムのなかで、これだけは単品で買いました(笑。
もちろん一度しか聴いてません。
UKリマスター音源ですからね。
by parlophone (2014-10-26 01:03) 

parlophone

zatopecさん、はじめましてでよろしかったでしょうか。
ようこそいらっしゃいました。
HNから察するにアスリートの方でしょうか。
お読みいただきありがとうございました。

>この前新宿のディスクユニオンでシールドの1stステートがなんと100万円で売っていました

ぼくもチラシで見ました。
そうですか~。
売れるんですね。
でも1stステートのシールドって二度と目にすることはできないでしょうからね。
お金のある人は買っちゃうんでしょう。
投資目的でないことを祈ります。

>何故キャピトルはペイパーバックライターとレインを収録しなかったのでしょうね?

いままで考えたこともありませんでしたが、ほんとそうですね。
最強の『REVOLVER』になってたところでしたね。
残念!
by parlophone (2014-10-26 01:31) 

ニブ

遼さん、こん○んは

いつも楽しく拝見しています。

ブッチャーに関しては、「キャピトルへの嫌がらせ」が定説となっているようですが、中山康樹氏の「ビートルズの謎」において定説に対する冷静な検証が行われています。面白いですよ。
ちなみに、ブッチャーは英国のNME誌での「ペイパーバックライター/レイン」の広告として6月5日に掲載されています(米国LPの発売は6月15日)
by ニブ (2014-11-03 02:31) 

parlophone

ニブさん、こんばんはー。

お読みいただいてありがとうございました。

>中山康樹氏の「ビートルズの謎」において定説に対する冷静な検証が行われています。面白いですよ

中山康樹の本はいろいろ刺激的な部分もあっておもしろいですね。
『ビートルズの謎』はぼくも当時読んで、記事にもしています。
http://parlophone.blog.so-net.ne.jp/2009-01-07

今回の読物を書くにあたっては、本人たちがインタヴューに答えた『アンソロジー』の記載を参考にしました。

>ちなみに、ブッチャーは英国のNME誌での「ペイパーバックライター/レイン」の広告として
>6月5日に掲載されています(米国LPの発売は6月15日)

えーーっ! そうだったんですか!
それは知りませんでした。
うーん、そうなると事情はもうちょっと複雑になりそうですが、今回の読物は、もうこのままにしておきたいと思います。
まああくまでフィクションということでお楽しみください…(笑。
by parlophone (2014-11-03 19:03) 

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